
若い時代、山を闊歩していると屋根があるだけで有難い。自分の母の出里は大阪府だったが、当時は田舎、かやぶき屋根にへっついさん、おばーちゃんが毎日へっついさんの大釜でご飯を炊き、朝は漬物と味噌汁、野菜は農家だったので自家野菜、井戸には何時も取って来た川魚が飼ってあった。風呂は五右衛門風呂、母屋の前には石畳、その前に牛小屋と小屋が有った。軒下には2畳程の床机(しょうぎ)・縁台が有った。お月見の時はこの縁台を庭先に出し、お月さんから見える様にすすきと団子・小芋等が飾られた。
夏休みに田舎に行けば、牛小屋の牛に押し切りで藁を切り、牛の餌、包丁で屑野菜や大根の葉を切って鶏にやるのは子供の仕事、時には出荷する野菜の掃除も仕事だった。
トイレは母屋から離れ牛小屋の横、暗く行くのも怖かった(爆)。家の横には母屋と同じような大きさの農機具や米を保管する小屋、中には縄やむしろを編む機械、足踏脱穀機、とうみが有った。その軒下にはさら糠を囲って入れた芋の保管場所、横が竹藪。
冬には家の前の畑の横に藁で囲いを作り其処にさら糠を入れ、その中に冬に野菜等が保管された。
春と言うか田植え前に行けば、田んぼに水を入れる為に池や川からの水路掃除で取った鯉・鮒、淡水海老が有った。魚は井戸で生かせるが、エビは足が速い、其処で必ず飴炊きの煮つけに成っていた。農家には必ずいた鶏、其れが祭りの時のすきやき材料に成った。すき焼きは丸テーブルの真ん中は七輪。海の物と言えば、塩をした鯖に秋刀魚、味醂干し、乾物、味噌漬けに成った魚程度だった。
夏休みに行けば、川の仕掛けに掛かったうなぎにナマズ、そして川で釣った天然の鮎の何れかが食卓に上った。
野菜やネギは家の前の畑に何時も有った。少し離れたお米を作る田んぼ、お米以外の時には、確か白菜とキヤベツ、菜っ葉が作られていた。米が済めば麦も作る田んぼも有った。
其れが自分の小さい時の田舎の様相、でも自分が社会人に成る頃には既に一遍していた。でも、今でも田舎好き、今はその様な場所は山の中にしか無く、だから自分は今でも岐阜や信州が好き。都会のネオンとざわめきが好きでは無い。
そんな時代を過したお袋も当然田舎人、田舎が好きだった。三田の露地野菜販売所に生前一度だけ連れて行った事が有るが、「やっぱ田舎はええわー」。
お袋の話に何時も出て来た話は伊勢の修学旅行、自分も修学旅行同じ伊勢、お袋は貯めた小遣いで懐中電灯(話から多分四角い自転車に付ける形の物)を買い、朝早くあの二見ヶ浦に友達と一緒に日の出を見に行った話をよくした。其れがお袋の一番楽しかった子供の時の思いでだったのだろう。そして、お土産はあの延しの形をした生姜板、是も自分の時代と同じ、自分も伊勢で生姜板を買って来た。
母屋の裏には土蔵、倉である。悪い事、悪戯をすれば子供は閉じ込められた。この思い出を持つ人間は話せば結構多い。しかし、是は今なら虐待と言われるかも知れない。これ等の建物が土塀で囲われていた。
今のお若い方のグルメ、親御さんのグルメとは全く違うかも知れません。懐かしい話も違うかも知れません。親御さんが昔田舎人なら、郷土の味、出張の時のお土産、安い高いの問題では無く、少し有れば良いのです。そんな事を少し考えて見られれば良いのかも知れません。
※ 昔の農機具の写真:
https://www.weblio.jp/category/occupation/nkgns#KA_KO
※ 生姜板(生姜糖):
https://iwatoya.shop-pro.jp/?mode=cate&cbid=1959498&csid=0
※ 美濃白川ふるさと体験村:
http://shirakawa.wms.mfi.jp/forms/info/info.aspx?info_id=17676
※ 八塔寺ふるさと村:
http://www.city.bizen.okayama.jp/kankou/guide/yoshinaga/spot/furusatomura.html
※ 昭和ふるさと村:
http://showafurusato.com/furusatokan.html
※ 吹屋ふるさと村:
http://takahasikanko.or.jp/modules/spot/index.php?content_id=21
(*^‥^*)」 イヨッ