掲載:2019年12月26日
manabe_s.jpg 自分には、四半世紀以上前に考えた言葉が有る。

「親は子供より幸せに成ろうと思ってはいけない」

 この言葉、何処から生まれたかと言えば、自分が大台ケ原山頂に居た時、突然女性から質問を受け、自分が言った言葉。

 その突然の質問とは、30歳前後のお若い女性だった。

「子供に父親は必要ですか?」 と突然話され聞かれた。素直に自分の考えを申し上げた。
「必要無いと思います」 自分の父親の事も合わせそういった。
「でも、キャッチボールも出来ないし・・・」
「何故出来ないのですか?、お互い練習すればいいでは無いですか?、少し大きくなれば野球クラブも入れるのでは無いですか?」

「もし、再婚をお考えなら、其れは子供さんが充分に理解出来て、相手も貴方の子供さんを理解出来てからでの再婚でも良いのでは無いですか?、出ないと子供さんとは貴方も相手も上手く行かなく成るとおもいます。」

「・・・」

「親は、子供より幸せに成ろうと思ってはいけません。子供にかこつけてのお話し、其れは絶対にお子さんと上手く行くとは思えません。子供さんが理解するまで、自分の考えでは、子供さんの理解無くして、再婚など有り得ません。子供さんが可愛いなら」

 ----------

 この言葉、最近にも使った。最近特に報道される「子供の虐待死問題」である。

 言葉は悪いが、

「女」が「男」を自分の所に引き入れた結果の「子供の虐待死」である。事例的に、

「男」が「女」を自分の所に引き入れた「児童虐待」と言う事例は聞いた事が無く有っても少ない。

 何れも、一人の寂しさは男女共変わりない。人恋しさも変わらない。しかし、この事例では女性側に子供が居る。

 子供大事に、大切に考えれば、「女」が「男」を自分の住居に引き入れること、考えられない。考えられないのは自分が「男」だからかも知れない。

 ただ、この四半世紀前の自分の友人に一人、「父子家庭」の人間が居た。彼、曰く「自分は子供の為を思って生きていく、多分再婚はしない。自分には可愛い子供が居るし、是で充分」

 そして、言った通り再婚はせず、立派に女の子を育て上げ、嫁に出した。この時、今迄に何が困ったかと聞けば、やはり「女性事」、是だけは知ってはいても自分では対処出来ず(せず)、叔母さんの手を借りたとか。

 ----------

 人間、子供を持てば「親は、子供より幸せに成ろうと思ってはいけない」、是が出来ないのなら、最初から子供を作らない事です。生まれ得なかった子供も同様、一生後悔が残り、万巻の供養が必要になる。それでも気分は晴れない。

 其れは、この「子供の虐待死問題」が良く示している。

※ 大人は小さな子供に絶対に嘘は付かないでください!:
 https://m-jun.seesaa.net/article/472305387.html

   (*ーmー*)
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

このブログの人気記事 (直近24時間)
    最 新 記 事