掲載:2018年10月24日
20181924-20_s.jpg 昔から、岐阜県のお茶うけは普通にお菓子に饅頭だったと思うが、長野県に行けばお茶うけは漬物、其れも漬物が何種類も大きな鉢または皿に盛って供された。

 其れが、面白い事に、岐阜県から峠を越えて長野県、この峠で見事にお茶うけが変わった。例えば、この峠、平湯温泉は岐阜県、安曇峠を越えて(今はトンネル)上高地は長野県である。

 岐阜県の今は下呂の濁河温泉、峠を越えて開田高原に入れば長野県、岐阜県から野麦峠を越えても長野県である。木曽街道の妻籠は長野県、馬籠も昔は長野県(現在岐阜県)。

 一番このお漬物を食べた場所は、ツゲの櫛を作る職人さんの家におじやました時だった。単に自分達は見学のみを考えていたが、当時この職人さんはアンアン・ノンノンやTV局も撮影に来る有名人、見学していると、若い女性は一杯来るし、お茶も漬物も大皿で出るし、此処でお茶を何杯飲んだか分からないが、漬物を一杯食べた。

 当時、木曽塗りを買う予定で先ずは、工場見学の場所を探すため、飛び込みで奈良井宿の漆器店に飛び込んだ。其処でも座敷にお呼ばれ、お茶に漬物が出て来た。そして、見事な漆塗りの座敷机に陶器湯呑、皿を直に置かれたのにはびっくり。

 ご主人曰く、傷が附けば磨くか、塗りなおします。そして、この漆器店の工場を送り迎えで見学させて頂いた。自分は此処で椀5客を買った。

 長野県、信州では行く所、行く所でお茶うけに漬物が出て来た。漬物好きな人間にはたまらない長野県、信州である。因みに、写真は以前開田高原の蕎麦屋さんで出て来た漬物。

 昔、信州の民宿に泊まれば、自分の好きな漬物が一杯盛って有った。囲炉裏の横に其れは食事が終わっても土瓶と共に残された。湯はいろりの鉄瓶に何時も湧いていた。漬物、酒(当時は・どぶろく)の肴にも成りしかも美味しい。囲炉裏には酒を飲めば岩魚・山女の竹串も準備された。ただ、当時、酒は宿の御主人と何処でも毎夜一緒に飲んで、この酒と魚(肴)の代金を払った覚えは一切無い・・・(爆)。そんな信州が懐かし。

 下呂市小坂・蕎麦処「平氏ヶ原」のご主人に聞けば、昔は岐阜県にもこの風習が有ったのだとか。ただ、自分は若い山行きの時から長野県は漬物、お茶うけに漬物が出てくれば他府県から長野県には入った証拠、今でもそう思っている。

   (*^‥^*)」 イヨッ
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