掲載:2013年10月21日
20131021-01_s.jpg 先日も痛ましい深夜の病院火災が有り、何人もの方が亡くなられた(合掌)。そんな報道を見ていると、何時もの様に初期消火の重要性を説かれていた。そんな時、消化器が近くに有れば初期消火は何処まで出来るのか?、どんな火災までなら消化器1本で消せるかとの友人との話に成った・・・。

 自分の経験からすれば、

「幾らの消化器訓練をした者でも、炎が天井までの大きさが有れば、消化器を持っていてもその炎には近寄れ無い。」

「初期消火に飛び込む人間は、無謀な人間か、責任や責任感の有る人間か、本当に消防所等で長く反復訓練を受けた人間にしか出来ない。」

「消化器1本でも結構大きく見える火でも消える。」

 と言うのが自分の考えで有る。でも、初期消火と言うのは本当に難しい。

 自分は、子供の時はガキ大将で無謀な人間、何処とは言わないが、天井まで炎が登った室内火災を2度消した事が有る。前髪と眉毛は無くなり、顔はバックファイヤー?の炎で多少の火傷、若者からは「ヤンキーですよ!」と言われた(爆)。しかし、無謀でも初期で消化出来て良かった。

 そんな時の皆の対応は、消防訓練を受けた筈の消防隊の人間が10人程外に居て、皆消化器を持って呆然とその火災を見つめていた。

 そんな後から自分が駆けつけた。そして、その手に持った消化器を取り、安全ピンを抜き消火した。後から見れば、消化器の安全ピンを抜いていた人間など誰も居なかった。是が実情である。そう、自分以前に消化していればもっと火が小さく消し易かった筈である。

 初期消火、言葉と言葉する事は簡単だが、本当は難しい。なので、一般人が簡単には言葉して欲しくは無い。言葉より、無謀に成らない子供の時からの繰り返しの反復訓練、是が重要な様に思う。

 でも、現代にこんな訓練を考えれば、今の親ならPTSDとかを言葉するのであろが、こんな親にも初期消火は出来ない。

 自分は、川に流された小さな子供を吉野山中の川で助けた事もあるが、若い両親は共に声を上げ、腰まで川に浸かり、唖然と叫んで居るだけだった。多分、二人とも泳げなかったのだろう。其処で自分が感心したのは、兄弟が親より深い場所に居て、それ以上助けようとしていた事だった。

 自分もそんなに泳ぎには自信は無いが、背丈だけは有る。大川なら躊躇が有ったかも知れない。山中の川、浮いてさえ居れば一部深くても何れ背の立つ浅瀬がある。

 この時、自分は道路からそのまま川に駆け下りたので擦り傷と怪我、服は破れた。後から彼女に自分は無謀と言われた。少し考えれば(見れば)、横に川に下りる道が有った(爆)。しかしこの時も、考えがあれば、少しでも躊躇が有れば、助けられ無かったとも思う。服を着替えての帰りの車中で彼女は言った。「この夫婦、何れ離婚だね」。

 (この当時の車の上にはキャンプ・登山用品・登山靴・着替えと携帯食料・燃料も含め1式、リュックに入れて何時も積んであった。ただ、燃料は夏の熱で危険な為、保冷袋に入れ、保冷箱に入れ、トランクの奥に置いていた。なので、着替えが1式ある。)

 何か事が起これば、人間は唖然と見詰めるだけ。とっさの時に判断など無いのが実情。冷静な判断とかは一般人には考えられない。考えれば、多分躊躇が起こるだろう。

 躊躇の言葉が頭に有れば、後からの行動は絶対付いては来ない。

 一般人の緊急時の対処、今冷静に考えても、どの様にすればいいか、判断と考えは附かない。考えれば、多分行動出来ない。

 因みに、検索で「初期消火」と入れれば、何処までの火災が消せるかの消防所記載が一杯掛かる。

   (*ー‥ー*)」 イヨッ


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