掲載:2018年11月05日
 最近は自分の持病から行動派だった自分の世界が狭まりつつ有ります。歳も有って仕方ないのかも知れません。

 しかし、出会い有れば聞く新しい方のジャズ、お若い方のジャズ、確かに演奏は上手いですが何曲聞いても同じに聞こえて来ます。其れなら1曲聞いて、其れで充分なんです。其処で自分は思います。上手いのに惜しいなーと。

 そう、何曲聞いても貴方の世界が見えません。曲の構成にも、曲の中身にも貴方の存在が見えないのです。そうした時、やはり演奏される曲を原曲と比べてしまします。聴視者からすれば、原曲と比べるほど面白く無い事は有りません。

 ジャスとは、自分は最近自由な事と言います。原曲と比べる其処には自由なんで微塵も有りません。貴方のジャズ世界もまるで見えません。

 この様に聞いてしまうと、ライブに行った面白みも何も有りません。何時何処で帰ろうか、もう少し聞く面白みが有るのか、演奏曲から離れた心は既に演奏を聞くと言う雰囲気では有りません。幾ら貴方が有名人でも上手くても全く頭は貴方から外れて行くのです。

 一期一会、確かに良いものを聞かせて貰った時は1曲で納得し、聴視者の心は貴方に釘付けです。後は野と成れ山と成れでは有りませんが、何を聞いても良く聞こえてしまうのです。其れは、貴方のジャズの世界に自分が嵌ったのです。

 仮に、その演奏を録音していたとしましょう。後で再度聞けばそのライブは本当につまらない。あ!、此処で音が外れた、此処は走っている、ハーモニーが無い。その様に聞こえてしまいます。でも、ライブ、コンサートでは有りません。其れでいいのです。

 コンサート、もし其れを録音して後で聞いたとしましょう。多分、コンサートと同じ物が聞こえます。

 自分はコンサートとライブはこの様に違う物と思っています。

 ジャズのライブ、一期一会、その場の貴方が聞きたいのです。貴方の世界が見たいのです。其れが観客と言うか聴視者なんです。

 コンサートも聞く、録音も聞くと自分は書きます。でもジャズのライブは聴視なんです。録音しても其れは聞くなんです。ライブは演奏者を見る、近しく見る、貴方の音楽世界を見る、其処に自分の夢を見るんです。

 その場の雰囲気をも取り込んだ演奏、其れを聴視したいんです。其れが観客の夢なんです。店の雰囲気、観客の雰囲気、演奏者の今日はこの世界で行こうと言う雰囲気、其処に貴方の世界が見えるんです。演奏者同士の世界が見えるんです。

 何方かがトラなら貴方の責任は少ないかも知れません。でも、普通は貴方が決めた共演者です。相方です。この相方なら今日はこういう世界が・・・。

 観客にはメンバーがこうだから、この様な世界が聴視出来ると考えライブに行く人間も居ます。メンバーが判らず、1名の演奏者だけのライブ、其処には出会いが有ります。

 しかし、当然、観客は考えています。あの演奏者の世界はこうだから大きく外れる事は無いだろうと。其処で見られる世界が自分が考えた世界以上なら1曲でも嵌るんです。そして、また自分の夢も広がり、そのメンバーのファンにも成るんです。

 どうか、貴方の世界をお見せ下さい。其れが無いと、幾ら上手くても面白くもなんとも無いんです。自分が思うジャスのライブは。

 ジャズ、自由なこと、そう思いますが、自由もはき違えればいけません、何をしても良い訳では有りません。シャズ、貴方の世界、演奏者其々の世界の違いが如何に融合しその日のジャズに成るのか、其れを聴視するのが本当に面白いんです。

 お見せ下さい、貴方のジャズ、貴方達のジャズの世界。演奏家のコピーに貴方の世界は見えません。

 この文章、先日聞いた有る素晴らしいライブ1曲をイメージしながら書いています。文章にまとまりが無いかも知れません。でも、ジャズ一聴視者の思い、お若いジャズ演奏家に届けば幸いです。

   (*^‥^*)」 イヨッ


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