掲載:2015年06月17日
20150617-01_s.jpg 豆腐好きの友人と、絹こし豆腐は何時から有るかと言う話に成ったので、ネット検索を掛けて見た。

 この絹ごし豆腐ルーツ(由来)は、ネット上明確に確認される物は、以下の田代豆腐店(現: 株式会社 田代食品(熊本県阿蘇郡西原村布田682-6))である。京都が発祥とも江戸時代から作られていたとの記載もネット上に見受けられるが、明確に其れを証明する記載はネット上何処にも確認出来ない。

 絹ごし豆腐は戦後、凝固剤にニガリ(ニガリは太平洋戦争中の戦略物資)を使わず、硫酸カルシュウム(通称:グルコン・グルチン、すまし粉等とも云うが、曰く石膏の主成分。)を使用。現在一部豆腐製造業者の間では、凝固剤の総称として「にがり」の呼称を使っている場合も多々あり、混在な名称使用には注意が必要である。TVでも多くの場合、豆腐屋の言葉(嘘)をそのまま伝える事に今でも固執しているが、画像は嘘はつかない。

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【株式会社 田代食品HPより引用】

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昭和25年

熊本県熊本市京塚町にて創業
その後水道町へ移転した後、中央街に前身となる田代豆腐店を開業

昭和28年 全国初となる「絹ごし豆腐」を開発。世間を風靡する。

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 豆腐屋の朝は早い。戦後、ようやく人々の活気が取り戻され、様々な商業が起こるようになってきた昭和28年頃、熊本市中央街に田代豆腐店という豆腐屋の姿があった。

 そして早朝1時、朝というよりも深夜にあたるまだ辺りが真っ暗な時分に、いつものように田代豆腐店の工場には煌々と明かりが灯っていた。

 初代店主は、昔気質な性格の持ち主で頑固、生粋の豆腐職人であった。長年にわたって、大豆本来がもつ旨味や豆腐を食した際の食感、喉通りの滑らかさについて、日々熱心に研究開発を重ねていた。

 そのコンセプトは、これまで日本中どこの誰も食したことのない全く新しい豆腐を作ること。それまでの木綿豆腐とは異なる豆腐。隙間なく凝縮されたすべすべな手触りと、ツルンとした食感をもつ豆腐。豆乳がもつ綺麗な純白色をまとった滑らかな豆腐。

 店主は、すべての情熱と生涯を豆腐に捧げ、様々な試行錯誤を重ね研究に没頭してきた。

 そんな中、遂に長年研究を凝らし続け求め続けた夢の豆腐を作り上げることに成功した。

 それは全く混り気のない、まるで雪解けの阿蘇の姿を彷彿させる程の綺麗な純白色をしており、またその食感は絹のよう滑らかさをもっており、旨みも濃厚。皆がその新豆腐の姿とその味に大きな感動を覚えた。

 まだ寝静まっていた薄暗い工場の辺りには、ほとばしる程の歓喜の声が響き渡り、その喜びを世間に伝えていた。

 これが「絹ごし豆腐」の発祥の由来である。

 この時代に編み出された「絹ごし豆腐」の製法は、現代でも全く変わることのない伝統的な製法として、全国の豆腐屋で行われている。

 それは、「絹ごし豆腐」誕生当時は流し豆腐と呼ばれていたこの豆腐が、すぐに地元の方々に親しまれるようになっただけでなく、同業の商人達にも高い関心を示されるようになり、翌年にはその製法が、熊本から日本全国へ広げられていくようになったからである。

 ここから(株)田代食品の歴史が始まったのである。現在、(株)田代食品は、白川水源の豊富な地下水に恵まれた雄大な阿蘇山の麓の西原村にて、日々、豆腐の製造と研究開発を重ねている。昭和の時代と変わらぬ信念と情念を持って・・・。豆腐を食される方々により新鮮な感動を与えることを志として。

「前・全豆連 副理事 中村功氏」の談話より

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※ 「絹豆腐の歴史」豆腐の製造・卸販売の田代食品:
 http://www.tashirosyokuhin-tofu.co.jp/history/

・ 株式会社 田代食品
・ 熊本県阿蘇郡西原村布田682-6
・ TEL:096-279-3939

※ 豆腐の歴史:
 http://www.tofu-as.com/tofu/history/
※ 豆腐 - Wikipedia:
 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%B1%86%E8%85%90

    (*^‥^*)」 イヨッ
この記事へのコメント
田代食品さんの話が明確に証明できて、江戸時代から作られていたことを明確に証明する記述はないって、それあなたの探し方が悪いか、資料の見方が分かってないだけでは?
両国の絵図とかにあわゆきって書かれた看板が描かれていることがありますけど、あれ現在で言う絹豆腐ですよ?
一方田代食品さんは、そのホームページ以外に発祥であるとの記述を見つけられなかったのですが、なぜこれは明確だと思われたのでしょうか?
Posted by ななし at 2017年04月19日 20:15
ご意見、有難うございます。自分のこのブログも言葉足らずだったと思います。其処で、この記事題目に「現代の」を付けさせて頂きました。

自分のこのブログにも色々な方の記事を参考に、かつ参考とした文献にはURL等の出里を明確にし記事にさせて頂いております。

さて、ご指摘の江戸時代の豆腐名称に「きぬこし」「絹こし豆腐」や「絹豆腐」の文字、

※ 豆腐百珍:近代デジタルライブラリー:
 手軽料理 図書 淮南狂道人 編 (鹿田静七[ほか], 1889):
 http://kindai.ndl.go.jp/search/searchResult?searchWord=%E8%B1%86%E8%85%90%E7%99%BE%E7%8F%8D&tocItemId=info%3Andljp%2Fpid%2F849117

の第六十六にも「絹ごし豆腐」/12丁の文字、1683 (天和3) 年の『堺鑑』という本にも「きぬこし」の文字が現れます。したがって、自分のこの記事に足らなかった事は、「現代製法の絹こし豆腐のルーツ」を求めると言う記載が正しかったと思います。

「現代の(硫酸カルシュウム類を使った)絹ごし豆腐のルーツ」だったと思います。

確かに考えれば可笑しいブログ文章、其処でこの題目を上の様に変更させて頂きました。

このルーツ話を何故書こうとしたかと申しますと、京都の某有名豆腐店の製法が現代製法の「きぬこし豆腐」、是が江戸時代から有ったとの文章がブログ記事に有り、友人との話の中からルーツ探しをした次第。

 「きぬこし」とか「きぬこし豆腐」との言葉は、製法や状態を考えなければ江戸時代に「きぬこし豆腐」と言われる物が有ったと言うのは江戸時代の文献から明確です。

色々な豆腐記事ブログには、台東区根岸の豆腐料理店「笹の雪」の初代が京から江戸に来て、店を始めたのは元禄のころ。「笹の雪の絹ごし」、江戸で初めて絹ごし豆腐を売ったのは、この店でした。との記事も有ります。

 この江戸時代のにがりを使った絹こし豆腐、多くの方のブログ記事を参考にさせて頂くと、濃い豆乳(薄い物ではにがりを打てば直ぐに水分が分離します)を重石を掛けずににがりで固まらせた物との記載が有ります。

 さて、貴方様の申される両国の絵図に有る「あわゆき」、自分では汲みあげ豆腐若しくは豆腐に塩を入れ茹で豆腐を柔らかくし、其処に葛餡を掛けた豆腐料理との理解です。

 ご意見有難うございました。   まなべ

※ 豆腐百珍:近代デジタルライブラリー:
 手軽料理 図書 淮南狂道人 編 (鹿田静七[ほか], 1889):
 http://kindai.ndl.go.jp/search/searchResult?searchWord=%E8%B1%86%E8%85%90%E7%99%BE%E7%8F%8D&tocItemId=info%3Andljp%2Fpid%2F849117
※ 日本豆腐協会
http://www.tofu-as.com/tofu/history/08.html
※ 幕末の考証随筆『守貞謾稿』下巻 第二十八食類 「豆腐」
http://www.geocities.jp/marco4321ice/03drink/BeansProducts.html#02-tofu-kinugoshi
※ 落語にみる江戸の食生活
http://www.asahi-net.or.jp/~UK5T-SHR/rakugo-4.html
Posted by manabe at 2017年05月14日 21:07
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