掲載:2011年02月26日
FI2624231_1E.jpg 現在まで、ジャズを聴き、このJAZZシリーズに演奏者の事を、実験・実証し色々な事を書いてきた。そんなことばかりを考えて聞いている訳では無いが、ジャズを多く聞いていると自分に音楽が出来なくても聞く時に余裕が有れば自然と色々と聞こえて来る。

 そう、完璧では無いステージという事なのだろう。当然、趣味の範囲と言う事からして好き嫌いと言うのも充分に作用する。何かが火を附ければ、高速で聴視の感覚が回り出す。

 是が一般に言われる素人ジャズ評論家、そう、ジャズライブを一杯聞けば皆が確かにそうなる(爆)。是を人様に言うか言わないか、書くか書かないだけの違いであろう。

 良く、良く判らないミュージシャンの言葉に以下の様な物がある。

「此処の人間は音楽が判らん・・・」

 音楽、演奏者がプロで有っても、音楽を聴くのは一般聴衆、幾らのプロで有っても其れを聴くのは一般人である事を忘れては成らないし、一般人の感覚の凄さを知らないミュージシャンの言う言葉が上の言葉である。

 その存在感の一つは、音や声に痺(しび)れると言う事で表されるのかも知れない。貴方はそんな音楽を聞いた事が有りますか?、其れは決して物真似では出来ない。物真似は二流にしか成れない。

 痺れると言うこと、其れは観客が身震いする事である。其れは他の人が持って居ない声で有ったり音で有ったり、それらは確実に観客を魅了する。

 其れは音楽がソロで無い限り、共演者全ての合わさった力で無ければ出来ない事でもある。

 素晴らしいミュージシャンとは、実力・人間性等の全てを含んだ「らしさ」と絶対の表現力、そして、それらを称した「存在感」である。

 この「存在感」、もう少し追ってみたい。ただ、多くは人と同じで無い個性の中に存在する様に思う。多く拝見させて頂く、○○と同じみたい・・・、多分この方は○○のお弟子さん・・・、そんな方の中には絶対無いことだけは確か。

   (*^‥^*)」 イヨッ

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